10月7日、日光市にある憾満ヶ淵(かんまんがぶち)に行ってきました。
山内の二社一寺(東照宮、二荒山神社、輪王寺)には良く訪れるのですが、憾満ヶ淵を訪れたことはありませんでした。
今回、初めて訪れました。
憾満ヶ淵は、日光東照宮神橋の上流約1.5㎞程度の大谷川の渓谷沿い、日光植物園の裏側にあります。
大谷川を挟んで対岸にあるので日光植物園から直接来ることはできません。
日光東照宮や神橋を観光した後にも歩いてこれる距離にあり、歩いてくる人も多く見られました。
私が写真を撮りながら散策している時間帯は、外国人の観光客の姿が多く、日本人はあまり見られなかったです。

憾満ヶ淵の大谷川
「化け地蔵」とも言われることに怖さや神秘的なものを感じ、実際に自分の目で見て確認しようと思い。
実際に来てみると怖さは感じず、森の中の静けさ大谷川の流れに癒されました。
むしろ、入口にあった「クマ出没注意」の看板の方に恐怖を感じた。

憾満ヶ淵
男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝で、古くから不動明王が現れる霊地といわれます。川の流れが不動明王の真言を唱えるように響くので、晃海大僧正が真言の最後の句の「カンマン」を取り憾満ヶ淵と名付けたといいます。
晃海大僧正は、この地に慈雲寺や霊庇閣、不動明王の大石像などを建立し、往時は参詣や行楽の人々で賑わいました。元禄2年(1689)、俳聖「松尾芭蕉」も、奥の細道行脚の途中に立ち寄っています。
大谷川の対岸にある巨石の上には、かつて高さ2メートルの不動明王の石像が置かれていましたが、明治35年(1902)9月の洪水で流失してしまいました。その台座ともなっていた巨石には「カンマン」の梵字が彫られていることが今も見ることができます。この文字は日光山修学院学頭で養源院住職であった山順僧正が書いたものです。
「含満」とも書くので「がんまん」と濁って読まれることが多いのですが、命名の由来を考えると「かんまん」と澄んで読む方が正しいのです。
輪王寺ホームページより
慈雲寺山門

慈雲寺本堂
晃海が承応3年(1654年)に建立した仏教寺院で輪王寺の1院です。
創建当時の建物は、1902年(明治35年)の洪水で流失し、現在の本堂は1973年に再建されたものです。
お堂では阿弥陀如来と慈眼大使天海を祀っています。
毎年7月14日に輪王寺により盂蘭盆会(うらぼんえ)の法要が営まれます。

山門の手前には、田母沢御用邸付近を散策中に大正天皇が詠んだ短歌「衣手も しぶきにぬれて 大谷川 月夜涼しく 岸づたひせり」を刻んだ御製歌碑がある。







微笑んでいます。
優しい笑顔です。



橋を渡っていきます。

橋を渡った先にあった霊庇閣(れいひかく)。
承応3年(1654)、慈雲寺創建のとき、晃海大僧正が建立した四阿造りの護摩壇で、対岸の不動明王の石像に向かって天下泰平を祈る護摩供養を行った場所です。この高さ2メートル余りの不動明王像は、周辺の他の石像や建物などとともに明治35年(1902)9月の大洪水によって流失してしまいましたが、その台座となっていた対岸の巨石には「カンマン」の梵字が彫られていることが今も見ることができます。現在の「霊屁閣」は昭和46年(1971)に輪王寺よって復元されました。





霊庇閣のところで上にあがる階段があったので、この上に何があるのかと上ってみましたが、狭い道路があるだけで特に何もありませんでした。
車4台ほど停められる駐車場があり1台停まっていました。
ここに車を停めて見て歩いているのでしょうか。
私が下りていくときに5、6人ほどの男性が上がってきました。
この上流にダムがあるのでその関係者!?
憾満ヶ淵入口のところに鳴虫山登山口との表示があり、そこの狭い道を上がってくるとここに出る。
鳴き虫山への登山者はくると思うが、一般の観光客は知らない道と思うのだが。



この中には灯篭らしきものが見えましたが、封鎖されていたので入るのをやめました。

化け地蔵への下り口にはダム放流の注意の掲示板がありました。
ここを下りて戻ります。

上から見た霊庇閣

下に下りてきました。
並び地蔵(化け地蔵)を見て歩きます。
奥まで大小さまざまな地蔵が整然と並んでいます。
慈眼大使天海の弟子約100名が「過古万霊、自己菩提」のために寄進したもので、列座の奥には親地蔵が置かれていました。
明治35年(1902)9月の大洪水で親地蔵と他のいくつかの地蔵が流されてしまいました。参詣者がこの地蔵の数を数えるてみると、そのつど数が違うところから、いつしか「化け地蔵」とも呼ばれるようになったそうです。


お地蔵様を何回数えても数が合わないとの噂に、私も数えてみようと思っていましたが、写真を撮るのに夢中で途中まで数えてわからなくなり、数えるのはやめました。
お地蔵様は、このように壊れたりしているもの、赤い帽子だけ被せてあるもの、小さなもの、見る位置により見えないものなどがあり、数が合わないのはその数え方にあるのかと思われます。
が、その神秘的なイメージは持ち続けたい。



いろいろな表情のお地蔵様


だれか壊れてしまった地蔵に哀れみを感じ賽銭をあげっていたのでしょうか。

台座だけになってしまった地蔵


首が落ちてしまった地蔵


見落としてしまいそうな小さな子供地蔵

周囲の地蔵などと比べると、こんなに小さな赤ちゃんのような地蔵です。

ここで並び地蔵は終わり、この先には何があるのだろうと思い行ってみました。

足元にはこんなものがありました。

あったのは水門でした。













ここから河原に下りて美しい渓谷の写真を撮りました。













紅葉がはじまっています。
ピークにはいろは坂は大混雑しますが、ここ憾満ヶ淵は穴場スポットのようです。



憾満公園

含満の茶屋
この日はお休みでした。


鳴虫山への登山道

憾満公園の駐車場
私が帰るときには満車となっていました(12台)。

駐車場手前の道

駐車場手前の橋
大変に狭く私の車(ヴィッツ)もギリギリです。
対向車が来たら手前の広いところで待機しなければならない。
現在工事中でさらに狭く感じます。
橋の手前で外国人の女性2人が立ち止まって待っています。

向こうから外国人のカップルが歩いてきて進むことができず渡り切るのを待ちました。
このように、憾満ヶ淵に来る道は狭く離合するのが困難な場所があります。

憾満ヶ淵・化け地蔵バス停
憾満ヶ淵には道路が狭く路線バスは入ってこれません。
そのため、憾満ヶ淵へは低速電動モビリティーが運行されています。

グリーンスローモビリティ停留場
グリーンスローモビリティは、低速電動モービルの通称です。
小型で環境にやさしい車両として、観光、生活交通など様々な場面での活用が期待されています。
狭隘な西町地域は路線バスの乗り入れが難しく、世界遺産地域を訪れる観光客の多くは、西参道・西地域を訪れていない現状があり、世界遺産と西地域を結ぶ交通手段の確保が課題となっていました。
令和2年度の実証実験を踏まえ、観光客の満足度の向上、滞在時間の延長に資することを目的として、令和4年4月から、世界遺産エリア~西町エリアの点在する観光資源を結ぶグリーンスローモビリティの運行を開始しました。
日光市と東武バス日光株式会社との協定に基づき、市が車両を無償貸与し、東武バス日光株式会社が運行しています。
運行期間:2026年4月25日(土)~11月19日(木)までの所定日
運 賃:西町ルート1回200円(小学生100円) 小学生未満無料

ルートマップ
時刻表など細部は、下記日光公式ホームページをがおランください
www.city.nikko.lg.jp