令和8年9月3日、野州八社八幡詣「神玉巡拝」へ小山市へと向かいました。
神玉巡拝は、足利の一社八幡宮に続き2社目です。
当初の予定通りに左回りで小山市の「間々田八幡宮」です。


神玉巡拝の御朱印帳
間々田八幡宮の御朱印を押していただきました。
初穂料500円

間々田八幡宮の神玉お守り(初穂料500円)

神玉表側には、神社名が刻印されています。

神玉裏側の間々田八幡宮のシンボルマークが描かれています。

<主祭神>
○誉田別命(ほんだわけのみこと)(応神天皇)
[御神徳] 勝負必勝、出世開運、厄除け・方位除け、金運上昇
○息長帯姫命(おきながらたらしひめのみこと)(応神天皇の母神)
[御神徳] 子授け、安産、子育て、学業成就
<由 緒>
間々田八幡宮の創建は大変古く、今から約1300年ほど前の奈良時代中期(天平年間)と伝えられています。
939年頃に起きた平将門の乱に際しては、百足退治の伝説でも知られる武将・藤原秀郷が、当八幡宮ほか沿道の神社仏閣に戦勝を祈願し、見事乱を平定しました。
このご神徳へのご恩返しとして、神社にご神田を奉納されました。
以降、当八幡宮が鎮座する一帯は、飯田(まんまだ)の里と呼ばれるようになります。
鎌倉幕府成立直前の1189年。奥州藤原氏との合戦に臨んだ源頼朝は、先の藤原秀郷の戦勝祈願を知り、自らも当八幡宮に参拝。
江戸時代に入り、日光街道が幕府の手により整備されると、この地がちょうど日光と江戸の中間点となることから、地名が飯田(まんまだ)から間々田(ままだ)へと改められました。
以降、松尾芭蕉も宿泊するなど、日光街道11番目の宿場町として、間々田宿は大変栄えることとなります。
この時代には朝廷が日光東照宮に毎年例幣使を遣わしていましたが、当八幡宮が大変由緒あることを聞き、道中必ず参拝することが習わしとなっていたそうです。
神社は1712年に神階正一位を授位。
1800年初頭の享和年間に社殿が焼失。
郷人たちは、社殿の燃え残った灰を集めてご神霊とし、仮殿を建てて安置しました。
その約50年後の1851年、社殿が再建されました。
間々田八幡宮は栃木県南部の小山市に鎮座する神社です。
その敷地は約2万坪におよび、一部が『間々田八幡公園』として開放され、市民の憩いの場となっています。



間々田八幡宮二の鳥居を入って参道を進み社殿へと向かいます。
※一の鳥居は、ここから参道を南へ1㎞ほど行った国道4号線沿いにあるそうです。
というか、駐車場はこの先の社殿そばにあるので、参拝を終えてから戻ってきて入りなおしました。
同じように、駐車場から参道を戻り一旦鳥居の外に出て、鳥居の入口で拝礼をし入り直して、参拝をしている女性の姿もありました。
この方も御朱印が目的だったようで社務所で御朱印をいただいていました。





階段を下りると右手に社務所、左側に駐車場があります。
本来の社務所は工事中で、その前に仮設の社務所が設置されていました。

間々田宿の力石

右の石は、大正2年に友沼宿に持去られましたが、当宿の力持ちが一度も地上に置かず担いで持ち帰ったそうです。
重さ 105㎏(右)
左の石は、かつて弁天島の松の根元に在ったものを、令和4年にこの場所に移動、間々田八幡宮の二つの石として祀った。
重さ 143㎏(左)





厳島神社弁財天

手水舎

水が出ていなかったのでどうしようかと思い近づくと龍の口から水がでてきました。
龍の左にセンサーらしきものが付いている。

相撲の土俵
9月19日(土曜)に子ども相撲大会が開催されるようです。

階段を上って社殿へ



社殿前でくつろぐニャンコちゃん。

社殿は、改修工事中ですっぽりと覆われ、拝殿場所のみが開放されています。
社殿は、東日本大震災以来少しづつ傾きはじめ、次に大きな地震が来た際には倒壊の危険があり、耐震対策を施すため大改修工事が行われています。

拝礼所は、安全のため周囲を板で覆っています。



「夫婦杉」

間々田じゃがまいた「八龍神社」

「間々田のじゃがまいた」とは
毎年5月5日に行われる「間々田のじゃがまいた」は、田植えの時期を前に五穀豊穣や疫病退散を祈願するお祭りです。
間々田地区7町内それぞれで作られた7体の巨大な蛇が八幡宮境内に集まり、お祓いを受け、神池で大暴れした後、各町内に戻り辻々を練り歩きます。
祭りの主役となるのは子供たちで、長さ15mを越える龍頭蛇体の巨大な蛇(ジャ)を担ぎ「ジャーガマイタ、ジャガマイタ」のかけ声とともに町中を練り歩きます。
平成31年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。


小山市天然記念物の「御神木」
推定樹齢500年の杉の古木。
境内でも一際高い巨木でしたが、落雷により先端半分が焼失し枯死してしまいました。

本来の社務所も工事中で、仮設の社務所で御朱印の受付をしていました。


間々田八幡宮の通常の御朱印です(書置きのみ)。
他にも数種類ありましたが、今回は宵待草の御朱印をいただいてきました。

「弁天池」
5月5日の「間々田じゃがまいた」の「水飲みの儀」で蛇の頭を入れ豪快な水しぶきをあげながら水を飲ませる池です。
中には担ぎてもろとも池に飛び込み、弁天池狭しと暴れ回る蛇もあるそうです。



間々田八幡公園の駐車場
私は、今回ここに車を停めて参拝しました。
神社はこの隣、社殿まで距離にして100m弱、歩いて5分程度です。

間々田八幡宮の駐車場
それほど広くはなく、駐車スペースの区画整理はされていないので、それぞれが思い思いの場所に停める感じで、私の見た感じでは30台程度でしょうか。
大きなイベントがない限りこれでも充分な駐車スペースでしょう。



写真奥の民家のところ(標識あり)を入り、社務所の横を通り真っすぐ行くと、神社の駐車場になります。



間々田八幡宮駐車場の標識があるここを入っていくと駐車場があります。
道幅は狭く(普通車1台分)入口もわかりにくい(鳥居方向から来るとわかりやすい)、私は反対側から来たので草木に覆われ駐車場も見えず通り過ぎてしまいました。
入口のところにも駐車場が(⁉)あり3台ほど止まっていました。
この左側は神社の境内になります。


神社正面(二の鳥居前)の道路
真中の写真が鳥居正面の道路
鳥居前を左に行くと駐車所の南側入口に、右に行くと間々田八幡公園側の駐車場入口に行きます。
道路は狭いので対向車があると離合できません。





























































































鳥居がないので、どこにあるのかと探すと、200~300mほどのところにありました。























































