那須塩原市の大山公園には、大山元帥の墓所と戦没者の慰霊塔があり、その間を結ぶ大山参道のイロハモミジ並木が紅葉のピークを迎えていて綺麗でした。
那須塩原市には10個所ほどの公園があります。
その中でも私が過去に訪れた公園は「烏ヶ森公園(からすがもり)」 、「那珂川河畔公園」、「黒磯公園」、「鳥野目河川公園」で、春には桜、秋には紅葉と四季折々にそれぞれの美しさを見せてくれます。
今回訪れた「大山公園」は、その存在さえも知りませんでした。
11月20日までは。
その存在を知ったのは、11月20日の下野新聞の第1面に、大きく写真入りでイロハモミジが見ごろとの記事が掲載されたのを見て、初めてその存在を知りました。
そして仕事が休みとなった今日(11月22日)、愛機のミラーレス一眼レフカメラ「OLYMPUS OM-D E-M5MarkⅡ」を持って大山公園を訪れました。
好天気になることを願っていたのですが、残念ながら気温11℃の寒い曇り空となってしまいました。
大山公園には、明治の陸軍大将大山巌(おおやまいわお)元帥の墓所と戦没者の慰霊塔があります。
大山公園はまさにその間を結ぶ約300mの参道になっていて、両側には約80本のイロハモミジが植えられた並木道です(大山参道のモミジ並木)。
この日は曇り空、気温12℃と寒い日でしたが、たくさんの観光客が訪れて、赤や黄に染まったイロハモミジをバックに記念撮影をしたり、紅葉がピークに達したモミジのトンネルの下をのんびりと散策していました。
写真撮影が目的で訪れたカメラマンは、ベストショットを求め、最も美しい光景を探し歩き写真を撮っていました。
真直ぐに延びた約300mの参道に植栽されたイロハモミジの紅葉もピークを迎え、真赤に染まったモミジのトンネルの下を歩いていると、世の中のすべての雑念を忘れ、心安らぐひと時で、心身ともにリフレシューできました。
紅葉の見ごろは後1週間ほど続く見込みだそうです。
大山公園の場所は、JR東北本線西那須野駅東口から約400mのところにあります。電車を利用の場合は、駅東口を出た正面の広い道路を真直ぐ進むだけなので、大変にわかりやすい場所だと思います。
車で来られる方は、JR西那須野駅東口を目標にすると、わかりやすいかと思います。
私も初めて訪れた場所なのでわからないので、ナビでJR西那須野駅東口を目的地に設定して行きました。
すぐにわかりました。
大山公園の目印としては、公園の目の前に大山公園クリニックとお食事処豊本店があります。
そして、この前に駐車場があります。
駐車場といっても、駐車場としてしっかり整備されたものではなく、未舗装の空き地で、駐車帯区分もされておらず、ドライバーが空きスペースに勝手に停めているだけの駐車場です。
整然と端から停めていけば30台程度(⁉)停められるのではないでしょうか。
近くには那須拓陽高校、栃木県西那須野自動車学校があり、そのすぐ裏が大山公園です。
大山公園のMAP
青色の四角で囲まれた部分が大山墓所です。
そこから黄緑に塗りつぶされた部分まで真直ぐに延びてる通路が大山公園(大山参道)です。
大山公園の駐車場は、栃木発「ちゃりあん」ブログ2さんのブログで詳しく紹介されていますので、こちらを参考にしてください。
元帥陸軍大将大山巌
大山巌は、天保13年10月10日に薩摩藩士 大山綱昌の次男として薩摩国鹿児島城下加冶屋町に生を受けました。
西郷隆盛は従兄弟にあたります。
称号・階級は元帥陸軍大将
大警視、陸軍大臣、陸軍参謀総長、文部大臣、内大臣、元老、貴族院議員などを歴任しています。
日清戦争では陸軍大将として第2軍司令官を、日露戦争では元帥陸軍大将として満州軍総司令官を務め、日本の勝利に大きく貢献し、同郷の東郷平八郎と並んで「陸の大山、海の東郷」といわれました。
大山巌は、内大臣在任中の大正5年(1916年)病に倒れ、療養中の12月10日にこの世を去りましたが、郷里の鹿児島ではなく、生前こよなく愛した西那須野のこの地に埋葬されたそうです。
大山公園(大山参道)は現在那須塩原市が管理する市有地ですが、大山墓所前の参道は大山家の子孫が管理する私有地となっているそうなので、車の駐車などは控えたほうがよさそうです。
元帥陸軍大将大山巌について知りたい方は、下記のURL(Wikipedia)を参照してください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%B7%8C